VALUE BOOKSのススメ

小さいこどもがいると避けるようになることがいろいろあるけど、わたしにとっては図書館で本を借りることもその1つ。

市内の図書館では小さいこどもを対象としたお話し会を開催していて、0歳・1歳のときは参加したりしていた。司書さんは「汚れてしまったり、破れてしまっても大丈夫です。自分で直そうとせずに言ってくださいね」と言ってくれてたけど、借りたものを汚したり壊したりすることはやはり避けたい。

ということで、こどもの絵本もじぶんの本も買うことにしている。

 

わたしは読書が好きなので「本は予算を決めずに買ってOK!」という自分ルールを勝手に作っています。だって本は心の栄養だし…。(この理論を割と何にでも当てはめてお金を使っています)

 

とはいえ、新品ばかり買っていると大変なことになるので古本を買って読むことも多々あります。むしろ最近はほぼVALUE BOOKSで買っている。VALUE BOOKSというのは、古本買取・販売をしている会社です。

実店舗でずらっと並んだ本棚を前にして、ふらふら歩きながら偶然の出会いを楽しみたい気持ちはあるんだけど、こどもといっしょにそんなことってなかなかできないし、オンラインで古本を買って、しかも読み終わったら売れるというのは最高!しかも、売った本や買った本の履歴も残してくれるんだよ。

手放した本もお気に入りの本も履歴で残る

 

今週なんて2日続けて計13冊の本を買った(え?)一気に買うと気持ちいい!

今日届いた本がこちら

ちなみにすべて定価で買っていたら6,943円+税なので7,637円かな?これが税込4,149円で買えました。うち2冊は2023年の終わりに出版されたハードカバーです!こんな形で手に入れられてうれしい!読むぞ!

 

わたしは本が好きで、もちろん本屋さんが好きなので、なるべく近所の書店で買うようにしています。ない本は取り寄せてもらったり、オンライン書店で注文して受け取りを指定したり。アマゾンで買うときもあるけど、自分の住む町から書店がなくなったらイヤなので「どうかずっとここにあってください」と願いを込めたりしつつ実店舗で買っています。(わたしの住む町にはヘイト本を置かない、差別をしないというポリシーを掲げた最高の本屋さんがある)

 

映画やドラマも大好きなんだけど、子育てしながら楽しむのって結構難しくて最近はもっぱら読書を楽しんでいます。

 

あと、産後うつでしんどかったときはひたすらミステリ小説を読んでいた。アガサ・クリスティー完全攻略という本を買って、星が多いものから順番に読んでいました。子育てって正解がないから悩むけど、ミステリ小説は絶対に最後解決するので。

最後に、ここ3ヶ月でのベストを紹介させてください。吉本ばななの「違うことをしないこと」、対談がびっくりするくらいスピリチュアルなので「…!?」となるんだけど、自分のなかの違和感を信じてあげる、違うなって思うことは違うでいいってことが書いてあってとても良い本。わたしはこの本は手放すつもりないです。何回読んでも新鮮におもしろいから。

 

読書会がまたブームらしいので、読書会とかやりたいなーとか小さな野望もありつつ、いまは読書を楽しみながら毎日の見方を変えてみたりしています。

 

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保活、わたしの場合: 波乱の2022〜2024

保育園落ちた日本死ね!!!って2016年2月5日のブログなんですって。えっ、まって8年前か……8年という年月が経ちながらもまだ日本死ねの状況全然変わってないから……さすが30年以上前から少子高齢化なーんも変わってない国、日本すね

都内では枠が埋まってなくて全入時代到来してるみたいな話もチラホラ聞こえてくるけど東京からそう遠くないわが家の地域では0歳でも入れなかったみたいな話をいまも聞きますどうにかしてくれ

 

うちの保活も例に漏れずそれなり大変だったのであとに続くどなたかの役に立ってほしいせめて、という気持ちで書き記しておきます。市役所の人も読んでね

 

のんき期

・2021年10月〜

「妊娠中から保育園の見学をしましょう」みたいな文章をアプリやら雑誌やらで見た気がするけど「まだ生まれてないのにどの園がいいとか何もわからんわ」と仕事と妊娠でいっぱいいっぱいなわたしはスルー。実際、産休に入るまでは平日は毎日仕事だしそれどころではなかった。まず体が重すぎるしマイナートラブルも多発していたので休みがあったら休みたい気持ち。妊婦は休ませてくれよ

 

・2022年1月

満を持して娘、誕生。毎日必死で生きていたので記憶がない

 

・2022年6月

産後うつになって通院とかをしていた。子育て支援センターで知り合ったお友だち(子ども12月生まれ)が保育園のこといろいろ調べて動いていて「わたし何も知らないな」ということを知る。しかし何を調べたらいいのかわからない

 

・2022年8月頃

月1で通っていた産後骨盤矯正の担当さんから「うちは兄弟別園になっちゃって小学校・保育園①・保育園②とみんなばらばらに通ってて大変だったよー。0歳からとりあえず申し込みして加点もらったほうがいい」と聞く。兄弟別園って大変すぎるな…それで仕事続けてきたってどれだけすごいんだ…とちょっとこわくなりつつも10年以上前の話だったので「まあ今は状況良くなってはいるんだろう」と謎のポジティブシンキングを発揮していた。でもここで0歳申し込み教えてもらっててよかった、ありがとうございました

 

・2022年10月

0歳で保育園申し込み(0歳中途入園)

 

・2022年11月

1歳4月入園申し込み

 

気づき期

・2023年1月

不承諾通知が届く。0歳での「前年度不承諾」ポイントあっても落ちるんだね。1歳4月って基本的に入れないんだね。ホントダッタンダ

育休は1年2ヶ月取って1歳4月で入園・復職しようと思っていたので計画の立て直しを迫られる。二次審査、不承諾。三次審査、不承諾。認可外はすべて空きがなくて入園不可。ここで完全に「詰んだ」状態に。どうしよう

 

・2023年2月

市が設置している保育コンシェルジュなるお方に相談。みなさんご存知のとおり意味ないです。自治体によって違う(と思いたい)けどわたしが相談した方は待機児童数も知らなかったし「何もできることはないんだけどねぇ」を枕詞にしていた。ここからわたしのギアが入る

 

怒りが原動力期

・2023年5月

市議会が「子育て世帯の意見聞くよー」と参加者募集していたので託児を利用して夫婦で議員報告会に参加。市の子育て会議委員に応募(落選)市長に「市民の提案・意見」みたいなのを送る。

 

・2023年6月

なーんもできることない、と開き直って育休2年目を思いっきりたのしもー!となり青空自主保育に入会。めちゃくちゃ楽しい日々始まる(しかし怒りと不安とともにある)

 

・2023年8月

市議会議員にアポをとって会いにいく。議会で取り上げてくれることになり友だちや友だちの友だちで保活悩んでる人、兄弟別園になった人の意見をまとめて提出する。これこのあと9月議会の一般質問で保育園待機児童問題について提言してくれ、この議員さん以外からの提言もあり、10年以上「少子化トレンドだから新設はしない」で通してきた市が12月議会で「保育園新設」に言及するところまでいった!しかし保活はつづく…

 

・2023年10月

どこまでも続くよ園見学の日々。本当にお疲れさまです。市内7割くらいは見学に行った。園長先生、ときに理事長と「保育園なんで増えないんですかね」「市長室にみんなで押しかけて座り込みしなさい」とかいうやりとりをしてパワーもらう。しかしこの時期は本当に不安で不安で夜しくしく泣いたりギャーギャー泣いたりしていた。うちの夫は子育てをする人(いやふつう)だけど保活のすべてはわたしの肩にかかっていてつらかった。なんでって保活うまくいかなくてもわたしだけがダメージくらうからだよ!わかるか?わたしは仕事に戻りたい、必死。でも夫にこの焦燥感は伝わらないわけ。だって別に何も変わらないから。育休とって家事育児メインでしてくれる人がいて自分の仕事にはなんも影響ないから。そりゃ家の収入は減るけどそんなイメージ持ててないからね。なんでいっっっつもこっちが何かを失って、それが当たり前みたいになってるわけ?って本気で怒りと悔しさで泣けてくる日々だった。毎日毎日いろんな保育園行って、役所に相談いって、意味なくてただ疲れて帰ってきてるひとに「入れなかったら3歳から保育園でもいいんじゃないかと思う」とか言ってくるからね。もう泣いた、このひと何見てきたんだろと、何も見てないんだと、見なくても関係ないんだと。自分は人生何も変えずに、体も心も変わらずにただかわいい子ども生まれてきて、妻が働きたいと必死になってるのにこれ全部伝わってなかったんだと思って悔しくて悔しくてワーワー泣いた

 

・2023年11月

育休終了まで残り2ヶ月。不承諾通知を10枚貯めて2ポイント、とかあればいいのに。ずーっと不承諾。ぺらっぺらの紙一枚でわたし職失うのか?それなりに頑張ってきたのに?こんなことある?と思いながら奇跡は起こらず不承諾。わが家から公共交通機関で30分ほどの認可外に預ける方向で進む。わたしの実家からなら自転車で10分ちょっとで行けるので4月入園が決まるまでは家族3人で実家に住むことに

 

・2023年12月〜2024年3月

実家暮らしで認可外に通園、1月から復職。そして1月中旬に2歳4月で入園が決まる……入園通知ってあんなに分厚いんだね。初めての厚み

 

・2024年4月←イマココ

2歳4月で認可保育園に入園

 

長かった。ありがとうございました。

 

◾️わたしが思う保活のポイント

・まず役所に行く(なるはや)

保育課に相談だ!わが家の持ち点は何点で、希望の園に入れるには何点必要なのか、何をすればその点数を稼げるのか。とにかくここで現在地を知ることが大切

・夫婦でとことん話す

こういう言い方ほんとはイヤだけど、夫を巻き込む。そっちが勝手に巻き込まれてこいよって思う。巻き込まれるっていうかあなたの話ですから!って思うよ。でもなかなか自分ごととして捉えてくれない人が多いと思うので、これは大切なポイントです。園見学大変だし申込み手続きも大変だから、ちゃんと大変って言ったほうがいい。100伝わらなくても80伝わるだけでちがうから。あとの話はわたしが親身に聞きます

 

ほんと〜〜に日本死ねっていうかすでに死んでるなとしか思えない場面がありすぎた。

でもあのブログがきっかけでデモが起きた、それで「待機児童問題」が知られることになった。黙っていたらないことにされる。黙っていたらこのままで十分とされる。おかしいことはおかしいって言おう。自分が困っている間に解決しなくても、あとで同じように悩むひとがいなくなってたらいいなと思う。だって本当に孤独でつらいから。子どもがいることがハードルにならない世の中になりますように

夫婦で生きる人生、子どものいる人生

臨月に入ったので生活ががらりと変わる前にここまで自分が感じて考えてきたことを残しておきたくて初めて記事を書きます。

6年半、夫婦2人暮らしを楽しんできたからこのままでもいいなと思っていた。

どういう心境の変化があっていまお腹に赤ちゃんがいるのか、書きます。

 

母性のないわたし

 

子どもの頃から「わたしには母性がない」と思っていた。

そりゃあ子どもなんだから当たり前でしょ、ということではなく小学生くらいになるとクラスの女の子のなかには将来の夢に「お母さん」や「保育士さん」を挙げる子がいたり、自分より小さい子を見かけると「かわいい~」と駆け寄り何とも自然に遊んであげる子がいたりしたのだけど、わたしにはそれがまったくと言っていいほどなかったからなのだ。

 

わたしには4歳年下の妹がいるけれど、親から「お姉ちゃんなんだから」と言われることもなかったので(親の教育方針によるもの)自分がお姉ちゃんであることを特段気負うことなく成長した、ように思う。

そして実際そんな幼少期を反映してか、妹から「お姉ちゃん」と呼ばれる機会はないまま大人になった。(今になって「お姉ちゃん」呼びに少し憧れがあるかもしれない)

 

結婚願望はあった。結婚式願望なのかもしれなかったけど。

大学時代から仲のいい友だちとは「もう●歳だし結婚しないとやばい」みたいな話をすることはなかった。3人とも、台湾旅行をしたときに占い師に言われた「そこそこお金持ちのしあわせなおばあちゃんになるよ」に「それって何より最高じゃん」と笑える価値観の持ち主だったので、日本社会にいまだに残る女性の人生への余計な口出しに言及せずに過ごせていたのかもしれない。(そうは言ってもまったくスルーできるわけではないんだよ)

 

わたしは25歳で結婚して、ずっと夫婦2人で生活してきた。

結婚してすぐの頃は「結婚して1年2年は2人で楽しむのもいいよね」「いつかお二人のベビーに会えるのを楽しみにしてるね」などと言われた。

さらに数年経つと「今はいいけどこの先もずっと2人だけだと飽きるよ」「若いうちに子どもを持ったほうがいいよ」「まだいいやと思っててもいざとほしいと思ったときに授かりにくくなってるかも」などと言われた。

いつかの母の日にオペラ座の怪人を観劇したときなんて幕間に子どもの話をされて、さすがにぎょっとしてしまった。母もそっち側の人間だったのか、みたいな。

最近では、祖母が逝去したこともあってわたしたち夫婦の子ども事情に触れる発言を聞く機会はほとんどなかったけど、それこそ祖母の葬儀のときには親戚から「あなたのところもそろそろじゃないの」と言われたり、結婚6年経っても夫婦2人であることから何かを推察したのか「焦らなくても大丈夫なのよ」と優しく肩を叩かれたりもした。

 

こうやって書いてみると、これが子どもを望んでやまない夫婦に向けられた発言であったのならなんて残酷なんだろうと思う。けど夫はともかくわたしは「子どもがほしい」と思ったことがなかったので「本当にこういうこと言われるんだー」とあまり自分事として受け止めていなかった。

 

両親は仲がいいほうだと思うし、幸せな子ども時代を過ごさせてもらったと思ってるし、現在の家族関係も悪くないし、夫のことは結婚前から変わらず好きだけど、子どもがほしい気持ちは沸いてこなかった。

「適齢期になると子どもがほしくなるもの」みたいなのも自分の身には起こらなかった。いっそ自然にそういう気持ちが沸き上がるのなら、自分で考えて決断する必要がなくて楽だなと考えていたこともあったかもしれない。

 

・いまの夫婦2人の生活に満足している

・仕事と生活で十分に充実している

・ここにプラスで育児をするのはかなり大変そうだ

・日本社会の行く末に希望が持てていない

・妊娠出産育児における女性への身体的・精神的・経済的負担が大きすぎる

・日本社会における女性への期待が一方的かつ過剰であると感じていてそれに応えることができない(応える気がない)

 

ではなぜいま妊娠しているのか

 

DINKS生活を続けていくなかで、上述の不安のうち夫婦で解消できる部分を解決できる目処が立ったことが1つ。具体的には「家事分担」について。

結婚当初からわたしの負担のほうが大きくて何度も喧嘩してきた。残業が少なかったので早く帰宅できるわたしが担う部分がどうしても大きくなるとはいえ、残業が少ないことはわたしの努力によるものでもあるのだ。よく言われる「名前のない家事」もほぼわたし。2人で暮らしている家なのに日用品のストックの場所を聞かれたり、ストックがないから買っておいてと言われるのも謎だった。なんでわたしが担当みたいになってるの?

夫は自分では自分のことをフラットな人間(そんな人いるか?)と思っているみたいだったし実際「家事は妻がやるものだ」みたいなことはもちろん言わないし、こちらが言えばやってくれる人だったけど、わたしにとってはそれは不十分だった。

わたし自身も完璧な人間ではないことは承知のうえで、夫の心の奥底どこかには「家のことは基本女性のほうが得意でしょ」みたいな意識があるのを感じていた。別に得意なんじゃない、一緒に暮らしているもう片方がやらないから自分がやるしかなくなるだけなのに。女性は最初から家事ができるんじゃない。新入社員が最初から仕事ができるわけではないように、女性も何度も繰り返すうちに効率の良い方法を見つけたり手際が良くなったりするだけだ。

 

「気づいたほうがやればいい」理論もよく聞かれるしうちもそれを言われたけど、これほど納得いかない理論もない。職場の若手社員について「気が利かない」「周囲の状況を見れていない」みたいなことを言うけど、家になるとあなたもそうじゃんとなる。

結局これを言う人間は、基本的に責任は自分以外の他者にあると考えているだけだ。

2人が2人とも快適に暮らせるように、家のなかの状況について気づこうとすることは必要なんじゃないのと思うわけです。

 

こういうことについて話し合いを繰り返し、2人とも同じレベルで家のことができるようになった、と思う。ゴミ出し一つとってもこれだけ変わった。

これまで:(わたしがまとめた)ゴミ袋を集積場所まで運搬する

いま:ゴミ出しの曜日を確認して、家中のゴミをまとめて集積場所に持っていく、ゴミ箱に新しいゴミ袋をセットする

 

いまの生活に育児がプラスされることを考えると、家事は完全に夫ができる(やる)ようにならないと回らなくなってしまう。

 

もう1つは夫が子どもを望んでいたことが正直大きい。

夫はずっと子どもがほしい気持ちがあったけどわたしが決断できないでいるのを知っていて「2人の気持ちが揃ったら」と言ってくれていた。妊娠出産は女性にしか負担できないことなので当たり前のことではあるけど、急かすことももちろんなく「2人の暮らしでも楽しいし」と言ってくれていた。2人で生活していくなかで、2人とも生活しやすいようにわたしがより楽しく穏やかに生きられるようにと心を砕いてくれる様子をみて、夫への信頼が増していった。

もしも授からなかったら高度な治療などはせずにこのまま夫婦で生きよう、と2人で決めた。

 

そして妊婦になる

 

5月に産婦人科を受診して、妊娠がわかった。

内診が苦手なので待合室では緊張しすぎて身体の震えがとまらなかった。

何がなんだかわからないエコーで小さな輪っかが見えて、胎嚢だと教えてもらった。

初めて聞く単語、これがどうなってどうなるの?

でも自分でも不思議と「妊娠してたらいいな」と少しばかり祈る気持ちでいたので、「本当に妊娠してるんだ…」と感動したのを覚えている。

 

このときはまだ身体にこれといった変化は起きていなくて、ここから先の未来で妊娠期間の大変さを身をもって感じることになるのだった。